スーパーカブは海外でも人気があるの? 1985年の発売から、好調な売れ行きで成長を続けたスーパーカブ。発売の2年前から海外市場に進出するための調査は進められていたといいます。スーパーカブは国内をはじめ、海外まで視野に入れた大ヒット商品を目指して開発されていました。 アメリカで人気を集めたスーパーカブ 最初に進出したのはアメリカ。難しい市場だと考えられており、ホンダのチャレンジ精神により選ばれた国だと言われています。 アメリカを変えたスーパーカブ アメリカは第二次世界大戦で世界を動かすほどの力を獲得。1950年~60年代にかけて豊かな国になりました。人々の生活においては、まだ二輪の楽しさは知られておらず、クルマの大型化や電化製品の普及が人々の注目を浴びていました。そんな中、ホンダのスーカブは、キャンピングカーやトラックに載せて、アウトドアのお供として遊びの足代わりに使われていたそうです。そこで、釣り具店やスポーツショップへの販売を広げます。努力が結果となり1961年。月間の販売台数1000台を超え、翌年には4万台に。スーパーカブはアメリカでも人気のバイクとなりブームを巻き起こしました。その後、広大な農園や仕事の足としても使われるようになり、アメリカの人々の生活を向上させる二輪として知名度をあげます。 巨大市場・東南アジアへ進出 タイやベトナムにおいては絶大な人気 今や、スーパーカブの国といえば東南アジアです。南米では地域住民の生活の足となっており、数え切れない量のスーパーカブが1日を通して走り回っています。アメリカでの成功やヨーロッパでの苦戦を経て、東南アジアへ進出したホンダ。東南アジアでもスーパーカブが人々の需要を掘り起こしました。タイにアジア・ホンダを設立。タイ工場では1980年にC70/90が生産され、コマーシャルに起用したトップシンガーのナンチダァからとり「ロォツ・プウジン・ナンチダァ」というニックネームで人気を集めはじめます。1966年にはアジア・ホンダの二輪保有数は10万台から15万台まで伸び、増加した5万台のうち70%がホンダの二輪車、その中の90%がスーパーカブ。タイでは爆発的な人気を誇るバイクになり、今でもその人気は現役です。同じく、ベトナムでもスーパーカブは多くの人々から信頼を得ています。ベトナムでは1960年代半にベトナム戦争に介入していたアメリカ軍から、経済援助のひとつとしてスーパーカブ2万台が贈られました。戦争のさなか高い耐久性を証明できたスーパーカブはその後、ベトナムでの人気の基盤を作ったと言われています。